自分とは

森下トレーナーがいつどうやってどのようにトレーニングと出会いそして、大会までの苦難の道や日々の葛藤などを徹底解説‼️

どうもみなさんご機嫌よう。

アヴニール期待の新人(色んな意味で) 森下幸太郎と申します‼️

サッカー少年が、どのような経緯で大会までの出場をしたのかを5構成で特別に作成します‼️

今回は第一弾という事で、「トレーニングとの出会い」と「減量を始めるまでの葛藤」の豪華2本のストーリーを配信させていただきます‼️

第1章 メンタル崩壊 トレーニングとの出会い

小学生では関西大会出場、中高では大阪屈指の強豪チームと高校の部活動に所属し、関西大会や全国大会を経験。

しかし…高校2年生の時、大会2日前に肩を脱臼…。

復帰後、居場所がなくなり強迫性障害(元から完璧主義な性格や不安症な人柄な為でもある)を発症をしてしまいました…。

入院生活では自分の身体がどんどん衰えていきました…(73kgが半年で58kgまで…)

そこで、たまたまYouTubeを見ていると、山岸秀匡さんのボディビル動画が。

僕はその動画に心を打たれ、筋トレと言うものにどっぷり浸かって行きました。

それから、僕の増量生活が始まります。

週4マック、寮の朝ご飯に追加で白米と食べる辣油、そして卵2個をたいらげる日々。

ゴミのような食事で、身体を90kgまで大きくさせました。(太らせただけ)

毎日、学校終わりに電車で1時間半かけて地元のジムまで通い、2時間もの間、ひたすらケーブルで腕のトレーニングなどをしていました。

今思うとすごく終わってるトレーニングをしていましたが、その時の僕は、自分に酔いに酔って酔いまくっていたので「それが正解!」だと感じていました。

そこから私は「ボディビル」と言う世界への入り口の一歩を歩み始めました。

さて…今回はここら辺でよかでしょう。

チェストきまれ!(西郷どんのエンディングの真似)

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