坂本は、阿部講師と今井氏・貴志氏の研修に訪れた。
研修テーマは「基本を持たない指導を求めて」
基本を学ぶ新人に、
“基本”の定義から、投げかける。
「安易な基本には、危険を潜む」
そういうテーマが走りであった。
「僕も、大切にしていたシュートフォームを変えたことがあったんですよ」
今井氏の10秒ほどの発言だっただろう。
だが、坂本にとっては、今井氏の10年分の濃密な時間をギュッと詰め込んだストーリーを聞いた気分になった。
研修後、坂本は、今井氏を追いかけて、近くのオシャレな喫茶店に誘うわけでなく、LINE電話で話の続きを聞くことにした。
”憧れ”と出会った日

バスケットボールを始めた少年時代から、今井選手には譲れない“こだわり”があった。
それは、尊敬するコーチから直接教わったシュートフォームである。
右足のつま先をゴールに向け、手・肘・ボールが右足のライン上で一直線になる。
教わったフォームは、彼にとって“かっこよさ”の象徴であり、憧れそのものだった。
中学生の頃からその型を守り続け、高校でも自分なりの工夫を加えながら磨き続けた。
勝った日はフォームを誇りに思い、負けた日はフォームと一緒に泣き、一緒に反省をした。
ずっと一緒にやってきたことで、ただの技術ではなく、これまでのバスケット人生を共に歩んできた“親友”のような存在だった。

フォームが通じなくなる

大学2年生。彼のバスケット人生に、ひとつの大きな転機が訪れる。
プロを目指す決意を固めたのだ。
5人制バスケットから、3人制のプロになるため、よりスピーディーな展開と個人の得点力が重視された。とりわけ3ポイントの価値が高い。 つまり、シュートがより重要になった。
そして、それまでのフォームでは、そのスピードや精度についていけなくなっていた。
「試合で全然決まらない。入らない。」
あれほど自信のあったシュートが、コートで力を発揮できなくなった。
「コートに立つ資格がない」

今井選手は語る。
「正直、あの時期はコートに立つ資格すらないと思いました。」
かつては“シューター”として評価されたこともあり、シュートには誰よりも強いという自信とこだわりがあった。
だからこそ、崩れていく感覚が体越しに感じたという。
自分の“武器”が通用しないことを認めるのは、自分を否定するようで辛かった。
「昔は入っていた」という記憶が、さらに彼を苦しめた。
「このまま変えなければいけないのはわかってる。でも、もし変えても入らなかったら?」
その問いを、飽きるくらい繰り返し続けたという。
それは、憧れだったコーチに歯向かうような感覚でもあった。
決意の瞬間
それでも彼は前に進む決断をした。
「今のまま、浮き沈みに振り回されるよりも。
未来で“もっと上手くなっている自分”を信じたほうがいいと思ったんです。」
その一歩を踏み出した時、彼は初めて「自分のこだわり」を手放した。
新しい自分との出会い

フォームを変更すると決心してからは早かった。
ダメだったところ、悪いところ、改善できるところが次々と頭に思い浮かび、すべてハッキリわかったという。
今井選手は言う。
「大切なのは、未来に期待することではなく、ただ“新しい自分”に出会うことだったんです。」
そして今、彼はシュートにもう一度向き合いながら、バスケットの面白さを改めて感じている。